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zoom RSS 元興寺の極楽堂と禅室の屋根には、なんと1400年の時を経ても現役の古代瓦があります!

<<   作成日時 : 2016/09/13 22:20   >>

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奈良の今の住んでいる家から歩いて10分ぐらいのところにある元興寺。
いつでも行けると思いなかなか今まで行く機会がありませんでしたが、古代瓦を間近で見学できる特別企画と本尊の厨子入智光曼荼羅を特別公開しているようなので足を運んでみたところ、興味深いものをたくさん発見しました。
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元興寺について

元興寺は、588年に蘇我馬子が飛鳥で建立した日本最初の本格的仏教寺院である法興寺(飛鳥寺)が前身で、後に官寺(国営の寺院)となり、平城京遷都で今の地に移され、名を元興寺と改めました。
平安時代末期、末法思想が広がると、智光曼荼羅に描かれた極楽浄土図が人々の信仰を集めるようになります。
室町から戦国時代の土一揆で多くのお堂が焼失したり、時の権力者に脅かされたりしながらも、江戸時代には篤い庶民信仰に支えられ続けました。

元興寺は、かつては猿沢池の南から境内が広がっていて、南大門、中門・金堂・講堂の大伽藍を有する寺院でしたが、今は極楽堂、禅室(いずれも国宝)を残すのみです。

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極楽堂と禅室は、かつては僧坊で、僧が起居し、学修したところです。
若き日の空海が他の僧侶とともに起居していたとの伝承もあります。

かつて存在した講堂の礎石であった大きな石が境内にあり、当時の壮大な伽藍の名残りを感じることができます。
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当日、極楽堂と禅室の間には、特別に足場が組まれていて、ボランティアの方の解説を聞きながら古代瓦を間近で見学することができました。

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丸瓦と平瓦が交互に整然と並んでいますが、飛鳥時代の飛鳥寺創建時の瓦は200枚ほど残っていて、1400年の時を経て今も現役とのことです。
飛鳥寺から運ばれてきた瓦は、赤みを帯びた色調のものが多く、材料の土の色と焼いた時間の違いで瓦の色が異なっているようです。
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平べったい形で、紋様のある瓦が軒平瓦で、左の軒平瓦は奈良時代(元興寺の創建時)、右の軒平瓦は平安時代のものです。


法輪館では、本物の飛鳥時代の古代瓦に手で触れることができます。
古代瓦の表面には、製作時の叩き目を完全にすり消したり、平行線や格子の叩き目が残っていました。

瓦だけでなく木材も飛鳥寺から持ってこられたものがあります。
年輪年代法による科学分析の結果、極楽堂・禅室の古材(巻斗)に588年頃に伐採された木材が含まれていることが分かったのです。

そのほかにも法輪館には、
光明皇后の発願により建立された五重小塔(国宝)があります。
奈良時代盛期に造立された五重塔としては現存唯一のものです。

厨子入智光曼荼羅(重文)は、極楽浄土の変相図で、扉には四天王像が精緻に描かれています。
以前、見た當麻寺の當麻曼荼羅とともに日本浄土三曼荼羅の一つと呼ばれ、浄土教で尊崇されています。


境内の浮図田(ふとでん)には、庶民から奉納された古い石塔や石仏、二千五百余基が寺内や周辺地域から集められて並んでいます。
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禅室では、座禅体験をされている方が多く見られました。
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元興寺について知らなかったことが多く、境内には人もまばらで、落ち着いてゆっくりと見学でき、予想していた以上に楽しむことができました。
奈良にはまだまだ知らない魅力がいっぱいあると改めて感じました。


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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
この瓦屋根いちどみてみたかったのです
こんなに間近でみれるとは、!

2016/09/19 19:22

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