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zoom RSS 今まで旅先で遠くから見ていた二上山に登山と、香芝市二上山博物館で二上山の石について知る

<<   作成日時 : 2016/08/20 06:23   >>

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奈良県葛城市と大阪府太子町にまたがる雄岳(517m)と雌岳(474m)の二峰からなる二上山(にじょうざん)。
三輪山の山裾にある桧原神社から正面に見えた二上山、明日香村から見えた夕日と二上山など、今まで奈良の旅先で二上山の美しいシルエットを何度も目にしました。
眺めるだけでなく、二上山に実際に登ってみようと思い立ち、登山と二上山をもっと知るために博物館にも足を運びました。
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近鉄・二上山駅から約1時間半ほどで雄岳の山頂付近に行けるコースで登山しました。
それほど高くはない山ですが、思っていたより傾斜のある山道でした。

雄岳の山頂付近には、大津皇子のお墓があります。
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大津皇子は、天武天皇の第3皇子として生まれ、文武ともに優れ謙虚で誰からも愛されていましたが、時代の渦に巻き込まれ、謀反の罪をきせられ自害に追い込まれました。

大津皇子が二上山に移葬される時、姉の大伯皇女(おおくのひめみこ)が哀しみ悼んで詠んだ有名な歌が万葉集にあります。
「うつそみの人なる我や明日よりは二上山を弟と我が見む」

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雄岳山頂にある葛木二上神社

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雄岳から雌岳へ向かうには、「馬の背」までいったん下って、また少し登ることになります。
「馬の背」とは、雄岳と雌岳の双峰の間にできる凹部が馬の背中のように見えることから、このように名付けられたようです。

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雌岳山頂にある日時計

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岩屋
大小2基の石窟で構成され、付近から出土する須恵器等から、8世紀奈良時代の築造で、大陸の強い影響を受けたと考えられる石窟寺院で、鹿谷寺跡と岩屋の他に例がほとんどないと言われています。

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麓にある鳥谷口古墳は、7世紀後半に築造された方墳です。
二上山で産出された凝灰岩を使用した石槨があり、大津皇子のお墓であるとする説もあります。


二上山を下山して電車を乗り継ぎ、JR香芝駅から徒歩10分ぐらいにある香芝市二上山博物館を訪れました。この博物館は、二上山のサヌカイト・凝灰岩・金剛砂という石を紹介する珍しい博物館です。
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⑴サヌカイト
数万年前の旧石器時代から2千年前の弥生時代に至るまで、青銅や鉄と同じぐらい重要な資源でした。ガラス質で、ナイフ形石器などの原料として利用されました。

⑵凝灰岩
5、6世紀に、古墳におさめる石棺の材料として切り出されました。加工しやすく軟らかい石で、古くから石造物に利用されました。
古墳時代には、藤ノ木古墳の石棺、高松塚古墳・キトラ古墳の石槨などに利用され、飛鳥・奈良時代には、法隆寺や平城宮などの寺院や宮殿の礎石や基壇などに利用されました。

⑶金剛砂
奈良時代以降、主に研磨材として利用され、明治以降は全国の90%余りも占めたとのことです。

二上山に行く前までは石には全く興味がなかったのですが、高松塚古墳、法隆寺、平城宮に二上山の凝灰岩が使われたことには驚きましたし、石もこうして展示を見るとなかなか興味深く面白いと思いましたし、勉強になりました。


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