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zoom RSS 南山城に点在する旧跡・古寺を巡る〜知らなかった歴史や仏像の名品があるので意外性と驚きも楽しめます〜

<<   作成日時 : 2016/08/07 07:02   >>

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奈良から京都へ車で帰るついでに、途中の南山城にある旧跡・古寺を巡りました。
自然に囲まれて何気ない風景の中にぽつりと建つ寺が点在していますが、それらの寺は奈良時代や平安時代に創建された古刹であり、仏像の名品等あるので、その意外性と驚きも楽しめます。


1.恭仁宮跡(山城国分寺跡)
天平12年(740)、聖武天皇は、疫病や戦災に見舞われ社会不安が全国的に高まっていた事態を打開するためか、平城京から恭仁京に遷都を決意したといわれています。
恭仁京はそれまでの都に比べて規模も小さく、わずか5年あまりの短命の都でしたが、この間、諸国に国分寺・国分尼寺建立を命じたり、墾田永年私財法などの重要な政策が行われ、日本の中心としてその役割を果たしました。また、この時期に東大寺の大仏造営にも取り掛かっています。

大極殿跡
天皇の住まいと政治を行うための中心施設が置かれた恭仁宮の中で最も重要な建物が大極殿。
その大極殿の基壇と推定されている土壇と、礎石が残っています。
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その後、都が紫香楽宮、難波宮、再び平城京に戻った後は、山城国の国分寺として生まれ変わり、大和に次ぐ国としてふさわしい規模の国分寺が営まれました。

七重塔の礎石が残る山城国分寺跡
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恭仁宮跡のすぐ近くにある木津川市文化財整理保管センター分室には、恭仁宮跡を紹介するビデオ上映や発掘調査の出土品の展示がありました。
新たに都を造営する時には、旧宮殿(平城宮)の瓦を運んで再利用されたほか、新宮殿のための瓦を新調したようです。
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2.海住山寺
735年、 東大寺大仏造立の無事を願った聖武天皇の勅願により、東大寺初代別当の良弁が十一面観音像を安置して「藤尾山観音寺」と名づけたことに始まるということです。

五重塔は、鎌倉時代に建てられたもので国宝です。
一見すると六層に見えますが、一番下の屋根の部分は「裳腰(もこし)」といいます。
高さは17.7mと大きなものではありませんが、すっきりとした優美な塔です。
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海住山寺は山の中腹にあるので、途中の道で、恭仁京があった地を一望できます
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3.蟹満寺
平安時代の「今昔物語集」にも登場する蟹にまつわる物語で有名な寺です。
昔、観音を篤く信仰していた村の娘が村人に捕まえられた蟹を助けた。
数日後、その娘の父が蛙を捕らえた蛇に「婿にするから」といって蛇に蛙を放させた。
ある夜、蛇が男の姿となって娘の求婚にきた。
父が困っていると、多くの蟹が現れ、蛇を退治した。
翌朝、庭には蛇とたくさんの蟹のなきがらが残っていた。
父と娘は寺を建て供養した。

この古寺の本堂には、国宝 釈迦如来坐像が祀られています。
白鳳時代に造られたとされる大きな仏像で、その存在感と量感豊かな体躯、威厳に満ちた表情をあわせもっています。
また、なぜこの寺に今まで守り伝えられてきたのかという謎を秘めています。
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4.観音寺
寺伝によると、天武天皇の勅願により創建、次いで聖武天皇の願いにより伽藍を増築されたといわれています。
以来、寺は火災や兵火でたびたび焼失しますが、そのつど藤原氏の帰依を受けて再建されます。
この寺は、藤原氏の氏寺である奈良の興福寺の別院であり、かつては諸堂十三もある大きな寺でしたが、現在は鐘楼、庫裏、本堂のみの小さな寺です。
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住職さんの案内で、本堂にある厨子の扉をあけてもらうと、
そこには、国宝 十一面観音立像が安置されていました。
天平美女を思わせるような艶やかで気品のある姿で慈悲に満ちた柔和な表情です。
指先まで美しくて、そばで待ってくれている住職さんの存在を忘れ、しばらくながめていたくなるほどの美仏です。

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本堂に置いてあったチラシ
南山城は京都府の南端に位置し、古来より隣接する奈良の影響を色濃く受けた地である。
かつてこの地を訪れた白洲正子さんは、著書「十一面観音巡礼」の中で以下のように書いています。
「伊賀の山中に発する木津川は南山城の渓谷を縫いつつ西へ流れる。
笠置、賀茂を経て平野へ出ると、
景色は一変し、ゆるやかな大河となって北上する。
その川筋には、点々と、十一面観音像が祀られている。
それは時に天平時代の名作であったり、藤原初期の秘仏であったり、路傍の石仏だったりする」



5.酬恩寺(一休寺)
とんちの一休さんとして有名な一休禅師が、晩年に過ごした寺です。
一休禅師は、後小松天皇の皇子ともいわれ、京都の安国寺で出家し、各所を遍歴しながら禅の修行を重ね、自らの禅を追求しました。
大徳寺の住持となり再興を命じられますが、ここから徒歩で通ったといわれています。

石畳の長い参道、方丈とその内部の襖絵(狩野探幽筆)と一休禅師木像、枯山水庭園、宝物館にある一休禅師自身の賛入りの頂相等の見どころがたくさんあります。
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方丈庭園の南庭は、一休禅師の御廟所と茶室造りの虎丘庵と遠方の山々を借景としています。
サツキや蘇鉄が植えられていて、軒下まで白砂が敷き詰められた江戸時代の禅苑枯山水庭園です。
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境内には、一休さんにちなんだものもいくつかあるので、子供の頃に見たマンガを懐かしみながら楽しみました。
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一休さんの「屏風のトラ退治」
一休さんのとんちの評判を聞いて、将軍様が一休さんを招き入れました。
将軍様:「そこにある屏風のトラをしばりあげてくれぬか。 夜中に屏風から抜け出して悪い事ばかりするので、ほとほと困っておったのじゃ」
一休さん:「わたしがつかまえるから、将軍様が虎を追い出してください」

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「このはしわたるべからず」




参考:南山城古寺探訪(海住山寺HP) 
http://www.kaijyusenji.jp/relation/

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