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zoom RSS 金剛山の登山と一緒に、下赤坂の棚田や歴史の舞台となった楠木正成の千早城跡などを巡る

<<   作成日時 : 2016/08/06 12:34   >>

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金剛山(海抜1125mで大阪府千早赤阪村と奈良県御所市にまたがる山)の登山と、鎌倉時代から南北朝時代にかけて活躍した武将、楠木正成のゆかりの地を散策してきました。

金剛山の山頂では登山回数を記録してくれるため、回数登山が広く行われていて、かつては修験道の霊場であった山道は、今は登山道として多くの人が訪れているようです。
実際の山頂は葛木神社の神域となっています。
歴史的には南北に連なる金剛山と葛城山(大和葛城山)との総称として、葛城山の呼称が用いられました。
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1.下赤坂城跡と下赤坂の棚田
バスで赤阪中学校前で下車して、下赤阪城跡、棚田から、少し歩いて楠公生誕地、建水分神社を散策しました。

下赤坂城
楠木正成が後醍醐天皇に拝謁して、急ぎ帰って築いた山城です。
鎌倉幕府軍の攻撃を受け、城中から熱湯をかけたり、城壁を二重にするなどの戦術を用いて戦いましたが、にわか造りのため落城。楠木正成は金剛山に後退しました。
その後、再起して、この城を奪還。
ふたたび幕府軍の攻撃を受けて落城しますが、詰城の千早城での籠城の間に鎌倉幕府は滅亡しました。
今では石碑が建つだけですが、この周辺に下赤坂があったといわれています。
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下赤坂の棚田
太平記にも登場する、鎌倉時代頃から続いているといわれる棚田です。
斜面に連なる棚田の風景は見晴らしがとてもよく、のどかな風景が一面に広がります。
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2.楠公誕生地、村立郷土資料館
この地で楠木正成が誕生したと伝えられています。
明治時代になって、大久保利通がここに石碑を建立し顕彰したとのことです。
楠木正成は地元では、親しみと敬愛の情をこめて、楠公さんと呼ばれています。
近くには井戸の水を産場に使ったといわれる楠公産場の井戸があります。
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寄手塚・見方塚という五輪塔が周辺にあります。
楠木正成が、赤坂、千早での戦いで戦死した敵味方の霊を弔うために造りました。
敵という表現をせずに寄手として、さらに寄手塚を見方塚より大きくしているところに正成の人柄がうかがえます。

近くの郷土資料館には、映像で周辺の遺跡や神社を解説しています。
千早城と上赤坂城の模型もあり、山城がかつてどのだったのかがわかります。
また、山城跡で行われた発掘調査で出土した遺物が展示されていました。


3.建水分(たけみくまり)神社
楠木家が累代この地に居住し、氏神として崇敬しました。
本殿は、楠木正成が後醍醐天皇の命により再建したものです。
主祭神は天御中主神です。
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古事記の最初「初発の神々」に、
「天地初めて発れし時に、高天原に成りし神はの名は、天之御中主神」
と書かれてあり、日本神話で最初にでてくる神様です。

4.千早城跡
バスで金剛登山口で下車して、千早城跡に行ってから、金剛山をぐるりと一周するコースを歩きました。

千早城は1332年、楠木正成が築城した標高660mにある山城です。
下赤坂城と上赤坂城の詰城としての機能を持ち、三方を谷で囲まれた急斜面で、残りの一方は金剛山に通じる天然の要害です。
藁人形等の奇策をもって、鎌倉幕府軍の攻撃に約100日間耐えて、建武の中興の原動力となった難攻不落の山城で歴史の一場面の舞台となりました。
太平記にも楠木正成が様々な奇策を用いた様子が記されていて、「幕府側100万騎、見方はわずか千人足らず」とあります。
正成の活躍の背後には山伏の存在もあったといわれています。

金剛山登山口から千早城を目指して登ると、いきなり急な階段が続きます

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かつての四の丸跡
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三の丸、二の丸があり、二の丸跡に千早神社があります。
さらに行くと千早神社の拝殿と本殿があり、ここがかつての本丸跡です。
祭神として楠木正成が祀られています。
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千早神社からの金剛山の山頂へと続く山道は、良く整備されていて、歩きやすかったです。

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山頂付近には、転法輪寺、夫婦杉、葛木神社、仁王杉などがあり、神聖な雰囲気があります。

5.転法輪寺
全国の霊山を開き、修行した役小角(えんのおづぬ)は、役行者ともいわれ、山伏から修験道の始祖と崇められています。
葛城山では法起菩薩を感じ、金剛山転法輪寺を開きました。
山号の金剛山は法起菩薩の住む霊山を指します。
金剛山はむかし葛城山と呼ばれていましたが、このことから金剛山と呼ばれるようになりました。
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6.夫婦杉
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7.葛木神社
古事記、日本書記に雄略天皇が金剛山に御狩に登山された時、現れた、一言だけ願いをすれば叶う神として有名な葛木一言主大神が祀られています。
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近くには雄略天皇の御狩の跡もあります。
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8.金剛山展望台
正面の山が金剛山です。
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大阪平野が広がり、天候が良ければ、淡路島まで見えるようです。
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反対側の景色は吉野の蔵王堂と大峯山の山々を見渡すことができます。

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