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zoom RSS 奈良・柳生の里で、いにしえの剣豪たちの息吹にふれ、花しょうぶ園では綺麗な花も見れました

<<   作成日時 : 2016/06/30 18:41   >>

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JR奈良駅からバスで50分ほどで柳生の里に行くことができます。
柳生は、「剣は人を斬るにあらず、人を活かすにあり」という活人剣の道を説き、徳川家康をはじめとする将軍家の剣術指南役として、天下に権勢を誇った柳生藩ゆかりの里です。
いにしえの剣豪たちの息吹にふれることのでき、柳生の里 花しょうぶ園では綺麗な花も見ることもできます。

1.一刀石
約7m四方の巨石で中央から真っ二つに割れています。
この辺りは柳生家の剣術修行の地で、柳生新陰流の始祖・柳生宗厳(石舟斎)が天狗を相手に修行をしていて、天狗と思って切ったのがこの岩であるという伝説から、後世になって一刀石とよばれることになったといわれています。
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2.天石立神社
一刀石のすぐ近くにあり、本殿がなく3つの巨岩を神体とする古風で珍しい古社です。
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そのうちの一つ、巨大な板状の巨岩がやや前傾して立っています。
神話で手力男之命が天岩戸を引き開けたとき、力余ってその扉が空を飛んでここに落ちたという伝説があります。
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3.芳徳寺
江戸時代に将軍家の剣術指南役として天下に権勢を振るった柳生藩一万石を治めた柳生家の菩提寺です。
裏山の森林の中に柳生家一族の墓所があり、柳生宗矩(初代藩主)の墓石を中心に、父・石舟斎、長男・三厳(十兵衛)、次男・宗冬(二代藩主)などの墓石が整然と並んでいます。
もとは柳生家の居城があり、石段、掘割などが城の名残りをとどめています。
柳生藩にまつわる資料の展示室もあります。
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柳生新陰流独特のもので実践的な練習が可能な袋竹刀(上)、
柳生十兵衛が考案した十兵衛杖(下)は鉄芯が入っていて、城内警護の時に刀の代わりに持ち歩いたといわれています。
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徳川家康からの石舟斎宛、秀忠からの宗矩宛の起講文です。家光からの宗矩宛の起講文もありました。
柳生新陰流を学ぶ者は必ず起請文を出すことになっていたようです。
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写真パネルですが、石舟斎が柳生新陰流の奥義を記した柳生新陰流兵法目録です。
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となりにある正木坂道場からは威勢のいい稽古の声が聞こえてきました。

春日若宮おん祭りで見た柳生新陰流兵法の奉納演武
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4.旧柳生藩陣屋跡
柳生宗矩が築いた陣屋跡です。
柳生藩は参勤交代をしない江戸常住の大名でしたので、国元には陣屋を置くのみで城下町は発展しませんでした。
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5.旧柳生藩家老屋敷
江戸時代後期に家老として柳生藩の財政を立て直した小山田主鈴の屋敷です。
柳生を舞台にしたNHK大河ドラマ「春の坂道」の構想を作家・山岡壮八がここで練ったといわれています。
その後、奈良市に寄贈され、資料館として公開されています。
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殿様の客間として用意された部屋
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6.十兵衛杉
柳生の北西の丘のふもとにそびえる老杉です。
柳生十兵衛が諸国漫遊に旅立つときに、この杉を植えたといわれています。
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7.柳生の里 花しょうぶ園
あいにくしょうぶの今年の見頃は6月12日ぐらいまでとのことで、すでに見頃は過ぎていましたが、スカシユリやあじさいも咲いていて綺麗で、思っていたより園内は広かったです。
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8.円成寺
JR奈良駅に帰る途中にある円城寺。
多宝塔に安置されている運慶のデビュー作である国宝の大日如来座像、本堂の内陣の四本柱に極彩色に描かれた聖衆来迎二十五菩薩など見応えがあります。

奈良では珍しい平安時代末期の浄土式庭園
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全国で最も古い春日造社殿の春日堂・白山堂
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