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zoom RSS 奈良の大和郡山を散策して、矢田寺のあたり一面に咲く見事なあじさいと、郡山城跡を見てきました

<<   作成日時 : 2016/06/26 21:02   >>

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6月26日、奈良のJR郡山駅から歩いて、あじさいで有名な矢田寺と、帰り路に郡山城跡に行ってきました。
また奈良のいいところを見つけました。

1.矢田寺
矢田寺には約60種類一万株の色とりどりのあじさいの花が、ちょうど見頃を迎えていて、とても綺麗でした。
あたり一面にあじさいが咲いていて、こんなにたくさん綺麗なあじさいを見たのは初めてでした。
9時半すぎぐらいまでは人も少なく、落ち着いてあじさいを見ることができたのも良かったです。

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あじさいについて調べてみたところ、あじさいは日本特有の花で、外国にその野生種はなく、 西洋あじさいといわれるものは、江戸時代後期に日本に来たドイツ人のシーボルトなどによって欧州へ送られたものが改良されたものとのことです。

梅雨時に咲き続けるその美しさは古来より数々の歌にも詠み込まれています。
万葉集にも出てきますので、あじさいは奈良時代以前から栽培されていたことがわかります。


2.郡山城跡
1585年、豊臣秀吉の弟の秀長が郡山城に入城し、城の拡張工事を行いました。
豊臣秀長は、兄・秀吉の信頼厚くその片腕として豊臣政権において内外の政務および軍事の両面で活躍を見せ、天下統一に大きく貢献しました。
大和・紀伊・和泉の3ヶ国に河内国の一部を加え、約110余万石の大大名となりました。
秀長は秀吉に異を唱えることのできる唯一と言っていいほどの人物で、豊臣政権における調整役であり、政権の安定には欠かせぬ貴重な人物だったようです。

郡山城の壮大な石垣は荒々しい野面積みで、周辺の社寺の礎石、庭石、平城京の羅城門の礎石、五輪塔、石地蔵等が用いられています。

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また、豊臣秀長は大和郡山の城下町の繁栄のため、奈良や堺の商人を郡山に呼び寄せて、地租免除や商売上の特権を与え、箱本制度という自治組織をつくるなど、今の大和郡山の基礎を築きました。

豊臣秀長のお墓、大納言塚に立ち寄りました。
大納言塚の入り口に「お願いの砂」があります。
大和大納言秀長は優しく賢く、とても立派なお殿様で学問の智将とも言われていたようで、願い事を言いながら、門前の石の箱へ砂を通すときっと願いを聞いてくださるとのことです。
この民間伝承から豊臣秀長の人柄の良さが伝わってきます。

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