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zoom RSS 佐紀盾列古墳群と秋篠寺をハイキング 奈良市にも巨大な古墳群があることを知りました。

<<   作成日時 : 2016/06/19 16:23   >>

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佐紀盾列古墳群と技芸天の美仏を見に秋篠寺を巡るハイキングをしてきました。
佐紀盾列古墳群は全長200mを超える大型前方後円墳を7基を含む日本最大級の古墳群の一つで、全国の古墳の中で200mを超える古墳が約4分の1も集中しています。
奈良市の市街地のすぐ近くにこんなに巨大な古墳がたくさんあるとは知りませんでした。

1.ウワナベ古墳
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2.コナベ古墳
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3.磐之媛命陵
磐之媛命(いわのひめ)は、仁徳天皇の皇后で、嫉妬深い女性として古事記にも出てきます。

皇后の留守中、仁徳天皇は八田若郎女と結婚したことを知り、激怒して山城に引き籠ります。
仁徳天皇は皇后を和めようとして繰り返し使者をやり、歌で睦みを回復しようとして皇后に訴えかけます。
かたくなままの皇后でしたが、天皇自らが出向くきかっけができ、和解が果たされました。
皇后を和めた仁徳天皇は八田若郎女との睦みも成り立たせています。

多くの女性と和合を破錠なく保つのが大王の徳であり、仁徳天皇の徳を表現する物語として記載されたという解釈があります。

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着いたのがまだ朝早かったので、磐之媛命陵の周濠にはたくさんの睡蓮が綺麗に咲いていました。

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辺り一面に広がる田園風景にサギがいるのを見つけました。

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4.平城天皇陵
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平城天皇陵は、別名、市庭古墳(いちにわこふん)ともいわれていて、平城宮第一次大極殿跡のすぐ北に隣接しており、かつては円墳と思われていました。
しかしその後の発掘調査で前方部が平城宮建設の際に削平されており、本来は前方後円墳であることが判明しました。
築造時期は古墳時代中期前半(5世紀前半)と見られています。
実際の被葬者は明らかではありませんが、宮内庁により第51代平城天皇の陵に治定されています。
平城天皇は、平安京に遷都した桓武天皇の第一子で実在の天皇です。

平城京の建設以前から存在した市庭古墳が、平安時代の天皇である平城天皇のために造られた古墳でないことは明らかで陵墓の治定に否定的な意見が多くあるようです。


「続日本紀」には、平城京が完成する直前の和銅二年(709)、平城京の造営を管轄していた役所に対して、元明天皇が「古墳を破壊した場合には、祭祀を行って死者の魂を慰めること」という勅令を出したという記述があります。
平城京を作る際には古墳の取り壊しが認められていたことがわかります。


5.平城宮跡の大膳職跡
平城宮跡の第一次大極殿の北側にある大膳職跡
ここは平城宮跡で初めて木簡が見つかった場所です。

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そもそも木簡って何でしょう?
発掘調査で発見される木の札、木片で、墨で文字が書かれたものです。
日本で木簡が使われるようになった7世紀には、すでに紙が使用されていましたが、木簡は丈夫で水にも強く、管理に便利で、削って再利用が可能なので、荷札や倉庫で荷物を管理、役所で記録の整理用として使われていました。

正史が語らないものを木簡が語りかけることがあります。
住人を特定した長屋王家木簡、役所名を推定する根拠となった木簡、平城京遷都時には大極殿が未完成であったことを明らかにした木簡、税として都に納められた諸国の特産物がわかる木簡・・・
木簡は、遺跡の性格を解明する重要な素材になるとともに、出土した場所、遺跡、その時に一緒に出てきた土器や瓦等を互いに補完し合い、より正確な年代が解明されることもあります。
木簡は、全国で約40万点が出土していますが、そのうち約24万点が平城宮・京で出土しています。

大膳職から出土した木簡は、平城宮跡のすぐ東に今もある法華寺から女官の食料品を請求したことが記されています。一緒に出土した別の木簡から奈良時代、孝謙天皇が法華寺に滞在していた時期のものとわかります。



6、日葉酢媛命陵
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7.成務天皇陵
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8.神功皇后陵
神功皇后陵は佐紀盾列古墳群の中でも最大規模で270mもあります。
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9.秋篠寺
本堂にある伎芸天は、前から見てみたいと思っていた仏像です。
頭部のみが奈良時代の制作で、体部は鎌倉時代の補作ですが、像全体としては違和感なく調和しています。
むしろ首の絶妙な傾きが全体のバランスをさらに良くしているようで、お腹の肉付きや腰のラインも見ていると和み、見ていて飽きがきません。
ガイドブックにはあまり載っていない知る人ぞ知る美仏で、私の好きな仏像の上位にランクインしました。

JR東海の「うまし うるわしの奈良」秋篠寺編のHPで伎芸天の画像や詳細が紹介がされています。
http://nara.jr-central.co.jp/campaign/akishinodera/index.html

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秋篠寺の境内の苔も立派でした。
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朝早くおきて、家から約12kmを約5時間、歩きました。
早起きの歴史散策ハイキングは、朝早くから充実していて午後も時間がたっぷり残せるし、よく歩くので運動にもなりました。さらに新たな発見と興味を持つことが出てきたので、まさに三文の得でした。

奈良にはまだまだ知らないところがたくさんあります。
自分の趣味に合わせて一緒についてきてもらったような感のあるかみさんも古墳に少し興味を持ち始めたようで嬉しいです。
奈良に住んでいることはとても恵まれていると思いますので、これからも奈良の歴史散策を楽しみたいと思っています。

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