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zoom RSS 出光美術館で10年ぶりに公開されている日本三大絵巻の一つ国宝・伴大納言絵巻を見てきました

<<   作成日時 : 2016/05/24 22:46   >>

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平安時代前期の866年に起こった、応天門(天皇の暮らす大内裏の正門)が何者かの手により炎上する事件を描いた伴大納言絵巻が、出光美術館開館50周年記念展「美の祝典」の中で10年ぶりに公開されているので見に行ってきました。
最近見た信貴山縁起絵巻と同様に描かれている内容がわかるととても面白いです。

画像


1.絵巻の登場人物
@清和天皇 元服したばかりの若い天皇
A藤原良房(太政大臣) 源信・藤原良相・伴善男と対立関係にある
B源信(左大臣) 伴善男に目の敵とされている
C藤原良相(右大臣)良房の有能な弟だが伴善男とは仲が良く政治的に中立的な立場をとっている
D伴善男(大納言)俊才で短期で出世した野心家、藤原良房・源信と対立関係にある

政治上の権力は、太政大臣 〉左大臣 〉右大臣 〉大納言
の順となりますが、宮中での勢力拡大を狙い、権力争いがあったようです。


2.絵巻のあらすじ
絵巻の内容は史実かは定かではなく、300年後に言い伝えられていたことが描かれているようです。

平安時代、時の大納言伴善男は自分の出世のために左大臣源信を失脚させ、そのポストを狙っていました。
ある夜、伴大納言は応天門に放火し、それを左大臣の仕業であると清和天皇に告げ口をします。
天皇は直ちに左大臣の処罰を決定しましたが、そこへ太政大臣藤原良房があらわれて天皇に対して十分な調査を行うように進言しました。
その結果、左大臣の無実は判明し、結局放火犯は事件後半年を過ぎても不明のままでした。
ところが、事件は意外な展開を見せます。伴大納言の家来の子供と、放火犯を目撃したという舎人の男の子供との喧嘩をきっかけに両者が対立すると、なんと舎人の男は応天門炎上は伴大納言の放火であることを暴露してしまうのでした・・・・・・


3.絵巻の構成
上巻
放火され、炎上する応天門と見物する人びと
伴善男が源信が犯人と清和天皇に告発するが、藤原良房は慎重に調べるように天皇に進言する
中巻
捕らえられるかどうかの左大臣源信と嘆き悲しむ女房ら
伴大納言の出納の子供と舎人の子供の喧嘩から、真犯人が発覚
下巻
伴善男を捕らえる検非違使の一行


4.絵巻の特徴的な技法
事件の真相解明のきっかけとなった子供の喧嘩の場面では「異時同図法」という手法が用いられています。これは、一つの場面の中に
舎人の子供と大納言伴善男の出納の子供が喧嘩している、そこに出納(父親)が駆けつける
出納が舎人の子供を蹴飛ばす
出納の妻が子供を連れて帰る
という三つのシーンを一つの場面の中に描いています。


5.歴史上の史実
この事件により、伴善男は配流の刑となり、古代からの名族伴氏は没落しました。
藤原氏による他氏排斥事件の一つとされていますが、定かではありません。
結果的に、この事件の処理に当たった藤原良房は、伴氏という有力官人を排斥し、事件後には清和天皇の摂政となり藤原氏の勢力を拡大することに成功しました。


藤原良房が主謀ではないかといわれていますが、確証がありません。
真犯人は一体誰なのでしょうか?
真相は今も謎のままです。

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