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zoom RSS 上賀茂神社は訪れるたびに新たに知ることがたくさんあります(賀茂神話、斎王代の御禊の儀)

<<   作成日時 : 2016/05/08 06:58   >>

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妻が京都で行ってみたい神社といっていた上賀茂神社を5月4日(水・祝)に訪れてきました。
当日、運よく国宝・本殿の特別参拝と、斎王代の御禊(みそぎ)の儀が行われていました。

国宝・本殿を特別参拝では、神職の方に解説をしてもらった賀茂神話に興味を持ちました。

賀茂神話

上賀茂神社の祭神である賀茂別雷大神の出生縁起については山城国風土記に詳しく記されています。
賀茂建角身命は八咫烏となって神武天皇の東征を助け、大和国の葛城に居を構えてそこにしばらく住んだ後、賀茂川を遡って北山に住処を移しました。
そこで、賀茂建角身命は丹波国の丹波伊可古夜比売と神婚されて二柱の御子神、玉依比古命と玉依比売命を生みました。
玉依比売命がある日、賀茂川で禊をしていると、上流より一本の矢が流れてきたので不思議に思い持ち帰ると、枕元にて一夜をともにすると、矢の霊妙なる力により懐妊し御子が生まれました。
この御子が上賀茂神社の祭神である賀茂別雷大神で、上賀茂神社の北北西にある神山(こうやま)から降臨されました。

賀茂別雷大神は、厄を祓いあらゆる災難を除く厄除、また、桓武天皇の時代に都が京都に遷されて以来、皇城鎮護の神、鬼門の守り神、総地主の神として崇められてきました。


斎王代 御禊の儀

宮中では古来、神への崇敬の念を表す行為の一つとして、未婚の皇女を神の御杖代として差し遣わされる例がありました。この皇女は「斎王」(さいおう)と称して祭事に御奉仕されました。
その例は初め伊勢の神宮に、次いで賀茂の大神に奉られただけです。
賀茂においては、810年に嵯峨天皇の勅願により、伊勢に倣って第8皇女有智子内親王を奉られたのが始まりです。

御禊の儀は、葵祭の斎王代(さいおうだい)以下、女人列に参加する女性が身を清める神事で、毎年、上賀茂神社と下鴨神社の交代で行われ、今年は上賀茂神社が舞台でした。
斎王代は境内の橋殿に移り、御手洗川で水に手を浸して身を清める御禊を行い、その後、「形代」という人の形をした紙札を川に投げ入れて、5月15日に行われる葵祭の無事が祈願されていました。

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青空の下、綺麗に葺き替えられた檜皮葺の社殿と境内の新緑は見ていて、気持ち良かったです。

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斎王代は斎王の代理として京都在住の一般市民から選ばれた女性が務めます。
十二単を身にまとった斎王代は綺麗でした。


上賀茂神社は学生時代によく通ったのですが、訪れるたびに新たに知ることがたくさんあります。

○京都人による京都観光4 〜上賀茂神社と社家町〜 (京都・上賀茂 2006)
http://19741230.at.webry.info/200908/article_5.html

○京都人による京都観光18 〜二頭の馬の差で勝負を決する、上賀茂神社の伝統行事「賀茂競馬」〜
http://19741230.at.webry.info/201005/article_11.html



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